観察)

  • ヨハネ 5章 22節を書いてみてください。

 

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  • ヨハネ 8章 11節を書いてみてください。

 

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神様も, 我が主も裁かないなら、だれが裁くのでしょうか?

  • ヨハネ12章 48節を書いてみてください。

 

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ルカ 10:25-37, ルカ 7:36-50節までを読んでみてください。

 

解釈)      主の言葉が終わりの日に私たちを裁くとはどんな意味でしょうか?

ルカ 10:25~37 には‘良きサマリア人のたとえ’が書いてあります。このたとえは、29節の ‘私の隣人とは、だれのことですか?’という質問に主が答えてくださったものです。しかし、主は‘この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか?’と聞き返しました。

隣人の定義は27節に ‘あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ’と言ったとおりに、‘私自身のように愛する者’が隣人の定義です。

その御言葉を守った人は真の隣人という証拠をうけるでしょう。

 

ルカ 7:36-50節の出来事の中にはイエス様のたとえが書いています。多く赦されたものが、たくさん愛するようになれば、これほど不公平なことはないでしょう。イエスを信じる前に罪をたくさん犯したものが、主をもっと愛するようになれば、主の裁きは正しくありません。罪の大きさは誰が決めますか?

結論)

  • (テモテⅡ 2:15) あなたは熟練した者、すなわち、真理のみことばをまっすぐに説き明かす、恥じることのない働き人として、自分を神にささげるよう、努め励みなさい。